淡の間と武笠綾子の
感覚問答
#03 自分に還る、アーシング編

2022.04.28
淡の間と武笠綾子の<br>感覚問答<br>#03 自分に還る、アーシング編

淡の間:武笠さんはまもなく公開されるSENSE_07をデザインするにあたって、どんなインスピレーションがあったんですか?


武笠:以前淡の間さんに教えてもらったアストロマップ上でのご縁のある場所(※Astro.comで調べることができる)に行った時の体験ですね。結構忙しい時だったんですけど、あえて自然に触れる時間を作ってみた。目の前に広がる海を眺めたりその浜辺に座って砂や貝殻の殻や岩を触りながら、身を委ねて一旦立ち止まってみたらそれがとても心地良くてリフレッシュできたんです。そこから、【アーシング】ってなんだろう?というインスピレーションも湧いてきて。貝殻たちの柄がちょっと気になったりとか、岩の色だったりとか、うねるような形など、自然の様子にどんどん魅了されていったんです。人間と地球のエネルギーを自分を通して循環させていくようなイメージから今回のSENSEのテーマをアーシングにしました。なので、自然に触れて自分の軸を戻した時の体感と地球の中心部の色を自分なりにイメージしたインスピレーションで構成してます。お届けの時期が夏の予定なので季節的なものの相性も良かったと思いますが、素材や色も含めて地球の荒々しさを感じさせるような、土や大地の様子を彷彿とさせるようなものも表現したくてその流れで泥染めに行きつきましたね。今回私は自然を通してエネルギーをいただくことができたけれど、逆にここに行くと疲れちゃうとか、人酔いするとか、反対のパターンもあるじゃないですか。今回の感覚問答ではその辺りのことを話してみたいって思ってたかな。

 

 

武笠:例えば、木を触ったりとか花に触れたりとか、大地に触れたエネルギーはどういう状態で「感じる」という知覚作用が起こっているのかなとか、何感覚と何感覚を使ってんのかなとか、12感覚がどのように活性化されているのかみたいな事が気になったりします。

 

淡の間:分かりました。少し長くなるかもしれないけど、なんとか着地できるようにします(笑)エネルギーって本当に不思議なもので、目に見えないのに確かにそこにあるものですよね。ルドルフ・シュタイナーの考え方の中では、私たちは「生命の源泉」ってものに活かされてるんだと。生きるために私たちが元にしている物っていうのがあって、それが命の源泉と言うんです。それが3つあって「食べ物と空気と感覚」だと。依存とか執着って言葉があるじゃないですか?この言葉ってすごくネガティブな感じがするけど、必ずしも悪いものではないんですよ。なんでかっていうと、私たちはそもそも生きていることに「依存」しているから、この「生命の源泉」がなければ生きていけないんです。食べ物って物質ですよね。そして空気は呼吸することで空気は非物質。で、3つ目の感覚、これも一応非物質なんですけど、感覚を使わなければ物に触れることができないので、物質と非物質の中間に当たるのかなと。食べること、呼吸すること、感覚的な行為の3分類に、私たちは生きる上で依存していて、逆にこの3つが足りないと生きていけない、ということになります。この「生命の源泉」に繋がる体験みたいなものを分類して説明しますね。食べ物の体験は、大地の体験になるんですよ。食べ物って言ってるけど、いわゆる物質に触れる体験であり、この世の全てである大地の体験。で、空気つまり呼吸をする体験は大気の体験。そして、感覚的な作用に由来しているのは、光の体験と言われるんです。それらの体験を通して生命の源泉、私たちの由来である生命の元に繋がっていくわけだから、それらの体験の質が希薄になってくると生命力が落ちてくるんだそうです。どれか一つ欠けてもいけないんですよね。中でも、食べ物っていうのは、物質的だから意識しやすいですよね。これは、野菜だろうと生き物、肉、食肉とか魚だろうと元は全て命を持っているじゃないですか。命、つまりはエーテル体を持っているんです。だから、食べることはエーテルという命の力に触れること。生きている力をいただくっていうイメージですね。だから旬の食べ物って、生命エネルギーとかエーテル作用が強いから元気が漲ってくるんですよ。

 

武笠:旬のものをいただくってそういうことなんだ。

淡の間:そうそう。新鮮さとか、自然な状態に近いものほど、エーテルが元気!みたいなイメージだと分かりやすいですよね。都会の喧騒に身を委ねてる状態はその対極にあるからよく分からなくなってきちゃう。いろいろな感覚がもうぐちゃぐちゃになっちゃって。だから、ビルも電線もないような自然の中で、解放されるように呼吸をしたり、そこにあるナチュラルな状態の命に触れたり、手が加えられてない自然な状態の地球の物質に触れるっていうことは、究極の生命の体験だと思うんです。で、そういう体験って自然の側に住んでいない限り難しいし、意識しないと出来ないじゃないですか。だから、言葉悪いけど、体裁上は生きているんだけど生命力が落ちている状態の人が多いと思うんですよ。体も頭も動いてるけど麻痺しているというか、エネルギーが枯渇してるみたいな。いろいろ大事なことをないがしろにしてることになっちゃうんですよ。そういう状態って、無意識にだけれど自分のことを否定的に扱いかねないということでしょう?そうすると、やはり低い周波数になっちゃう。何が自分にとって良いか、悪いかも分かんなくなってきてしまう。そうすると、周波数とか波動とかいうもので言うと低い状態のものとつながってしまう。この世界は全て共鳴しているから、良くも悪くも自分の状態次第で寄せるものが決まると。

 

武笠:なるほど。

 

 

武笠:それって食べ物も質の悪い物を摂ってると自分の質も低くなるってことですよね。


淡の間:うん。値段が良し悪しに直結するとかじゃなくて、今の自分に必要な栄養が分からなくなっていくと思う。味覚が麻痺して食べれればなんでもいいみたいな。もちろん緊急時である場合を除くけど。麻痺してるから分からなくなって判断できなくなっちゃって、自分にとって必要なものをキャッチする力が弱くなっちゃうんです。12感覚で言うと判断する器官というのは実は鼻なんですね。嗅覚。嗅覚って脳に一番近いんですが、人間の脳ってすごく発達してるから良くも悪くも本能的な部分を飼い慣らしてしまってどんな状況でも初めは違和感を感じたとしてもすぐその場所とか状況に順応しちゃうんですよ。だからどれだけ置かれた状況は自分にとって嫌だって頭で直感的に思ったとしても慣れちゃうんです。臭いって慣れちゃいますよね。最初は臭いと思ってるけど、だんだんしなくなってくるみたいな。だ
から、自分にとっては感覚的にここじゃないって思ってもだんだん順応してしまうのが人間の脳の仕組みで、それは人間が本能を飼い慣らした理性ある生き物だからだと。動物は、もう臭いって言ったら臭いんですよ。嘘つけない。でも、人間は臭くても自分を飼い慣らしてしまえると。だから、だんだん麻痺している状態かすら分からなくなって自分の中の判断基準が曖昧になるんですよね。情報が多ければ多いほど、次々処理しなきゃいけなくなるから。だから、武笠さんみたいなクリエイティブな仕事をされている方って麻痺してる感覚を定期的に戻すことが必要なんじゃないかな。自分のキャパシティって限りがありますよね。日常に適応することで自分の生命的な部分をなんとか犠牲にして生きてる。忙しい状態でもそうじゃなくても、基本的に生きることって何かを犠牲にしていかなきゃいけないから。その犠牲の度合いが多ければ多いほど、本来使えるはずのキャパシティが使えなくなる。例えるならば、いろいろと自分の感覚を麻痺させて犠牲にしていることで本来8割ぐらい使えるキャパシティーが3割ぐらいしか働けなかったとき、3割の結果の反映しか生まれないじゃないですか。それを自分で解放して行くのが大事ですよね。その1つが人によっては寝ることだったり、リラクゼーションセラピーだったり、瞑想したり。そして、自然の近くに行ってアーシングしたり。土に足をつけたり、海に足をつけたりして、大地の中で今ここにいるっていう体験を感じること。足の裏にある第0チャクラを通して、大地を踏み締めて今自分が存在していることを体験するみたいな。

 

武笠:足の裏が0なんですか?この性器のあたりが1って言いますけど、足の裏に0があるんですね。

 

淡の間:私たちって足の裏を使って立ってるからそこが0。足の裏から0になって、上に向けて01234567(それぞれ体に部位を指しながら)っていう感じ。いきなりチャクラの話になっちゃったけど、これもみんな持ってるエネルギー感知モーターみたいな感じ?人に対して愛おしいとか、あるいは嫌だなあとか感情を感じる部分って、第4チャクラ、ハートチャクラって呼ばれる部分を通して感じてる。第5チャクラはだいたい喉のところにあって、伝えたいことが上手く伝わってないと喉が痛くなったりとか詰まったりする。で、第6チャクラっていうのは実は鼻と繋がってる。鼻ってこう2つあるじゃないですか、鼻孔(鼻の穴)が。これが眉間を通して松果体につながる。鼻の穴は目と同じで2つあるから、ここに実は見えない何かを判断する見えない目があるっていう感じ。

 

武笠:なるほど。

 

 

淡の間:そうそう。見えないものを判断する目が、実は嗅覚の役割。だから、嗅ぎ分けるっていう行為は、匂いを嗅ぎながら見ているんですね、鼻で何かを。それが脳に伝わる感じですね。霊気(レイキ)ってあるじゃないですか。いわゆる気を流したり、気の滞りを感じることができるっていう。これを昨年アチューメントしてもらったのですが、それでより見えないエネルギーやチャクラの存在を感じることができました。チャクラって、聞いたことはあるけど一体なんなのかが分からなかったんですよね、その概念としてはあるけど、見えないし体験もしてないから。自分の心が痛むことや人を好きになるとハートチャクラが痛んだり反応するとか、文章では読んだことがあったけど、それをこう自分で手をかざして感じられるようになった時に、チャクラというのは感覚を通して知覚できるエネルギーが自分の体に届く上で通過する装置みたいなものなんだなと思えて。だから、チャクラが滞ってなければ、感覚的な部分も麻痺せずに通常に動くから、いろいろ判断できるし本来必要な自分のことも分かるという状態になれるじゃないですか。逆にいうとそこが詰まっちゃうとだんだん自分のことが分からなくなってきて、さらに麻痺してしまって、判断できなくなる、みたいな悪循環になっていくと思うんです。

 

武笠:チャクラが開いてるとか閉じてるとか聞いたことあるけれど、それが開いていれば、結局いろいろ循環させることができるっていうことなんですよね。

淡の間:そう。だから、無意識に自己虐待みたいなことをしてしまってる人、自己否定気味な人って本来とても苦しくて悲しいはずなのに、麻痺して自分にとって悲しくて苦しい体験をしている状態から抜け出せなかったりする。これってまさに感覚やチャクラが作用していなくて自分の心の痛みや欲求すらも感じられなくなってるとかだと思うんですよ。例えば何かに熱中できていないとか、何かを好きになってないみたいな状態もそうですよね。人のために心を尽くしたり、何かを感じることをやめてしまったみたいな。

 

武笠:そのチャクラや、感覚体験を体験できるように自分を整えていく。そのために必要なのがアーシングをしたりとか、瞑想したりとか。

 

淡の間:うん。正直この世界に肉体を持って生きてるだけで今自分がここにいるって体験の連続だからアーシングみたいなものだと思うけど、自然に触れるアーシングみたいなことって忘れかけている感覚を取り戻せることだなって。都会でコンクリートやアスファルトの上を歩いて、電車とかタクシーに乗って運ばれていくことは肉体を持って体験できる日常そのもの。今自分がここに居る、立っているからこそそこにあるもの。ただ、本当の意味で生きているものに触れていないから、自分が何をしているのかがだんだん麻痺していってしまう。なるべく人の手が加わっていない自然、海や大地。それを足の裏から命を感じるみたいな体験をすることで、今自分が自然のリズムの中で生きているっていうことを自覚できて、犠牲にして押し殺していたものを解き放てば止まっていたものが動くのかなって思って。0チャクラから1234567、開放〜みたいな(笑)

 

武笠:なるほど。では、自分にとっての「生命の根源」の質を高めていくことが、より良いエネルギーのものと共鳴していくことに繋がるっていう話ですよね。

 

 

淡の間:そうです。アーユルヴェーダで言うところのオージャスみたいな、生命力にあふれている人って魅力的に見えますよね。エーテル体だけじゃなくて、アストラル体というものもあって、感情や感受性に由来するからアストラル体が生き生きしている状態っていうのが人間らしい感情や感受性に溢れた人だと思うんですよ。肉体、魂、エーテル体、アストラル体、それぞれのパーツのためのそれぞれの休息・営みが必要。それらがそれぞれ生かされていないとか、役割として発揮されていないと葛藤が起こりやすかったり、どんどん自分を殺しちゃう。だから、抑圧されてない何物でもないものに触れると、自分のもともと持っているものを思い出せるのかな。満ちるっていうか。だから、冒頭で武笠さんが浜辺に行って、海の中で足を付けたり岩に触れたりしたこともそう。清らかな何にもさらされてないものに触れて自分の中の命を思い出す体験をして、そこで滞っていたものが巡り始める。それが循環につながる。それが結果的にクリエイティブに昇華されたりアイディアを生かす力になったりしていくのかなって。

 

武笠:なるほど。ただ自然に素足のまま身を委ねているだけなんですけど、言い表しようのない安心感というか、こんな幸せな瞬間は久しぶりと感じるほど。満たされたような感覚になって心も体もほぐれたんです。それからデザインワークも、順調に進んで。東京にいて、せかせかしていて進まなかったことがスムーズに行くというか、不自然な状態で時間をかけるよりも自分にとって自然な状態にリセットしながら進んでいくことが大切だというのに気づけたのが、このアーシング体験だったんですよね。

 

淡の間:いいですね。そういう実体験があると、より分かりますよね。旬のものをいただくのが大切とか、自然に触れるとか、あるいは睡眠や休息は大事だということを頭で分かってたとしても、自分の体験がないと腑に落ちないことだもん。一度体が覚えると自然と心地よい方を求めていきますしね。

 

武笠:そうですね。すごくびっくりした。

 

淡の間:締切とか納期とかスケジュールみたいなものに追われている時ほど大切なことなのに、時間に追われて焦ってしまうから寝る間も食べるものもその場しのぎで適当になってしまいがち。本来、クリエイティブは自然な状態で出てくる循環のはずなのに滞れば滞るほど伝わらなくなってしまう。武笠さんのアーシング体験は、自分の中の感覚を通して生命の根源に触れることで余計なものを降ろせたから色々と活性化したのかもしれないですね。

 

武笠:そんな気がしますね。すごくスッキリしました、ありがとうございます!




04に続く

 

 

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