淡の間と武笠綾子の感覚問答 #07
金星とヴィーナスと私編〈前編〉
街路樹が金色に染まり、程なくして散る。そして入れ替わるように色とりどりに輝く電飾の光が溢れる季節。THINGS THAT MATTERのデザイナー武笠綾子による新しいコレクションことSENSEは、街の空気が金色に輝く季節に向けて ”能動的” で多面的な女性性を表現したピースとして、そして内なる女性性の神話へと捧げるべく「VENUS」と名を冠した。
デザイナー本人の幼少期の記憶に根付く”女神”との出会いや、その象徴から導かれたメッセージなど、内に秘めた神話を辿るためのインタビューを前編・後編に分けてお届けします。
THINGS THAT MATTER デザイナー武笠綾子
インタビュー、文 淡の間
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淡の間「さて、前回の”男性性と女性性編”(※SENSE-13 ka-re)に続いて、今回はVENUSということで女神性と言いますか”女性性”フューチャーのコレクションですね」
武笠「はい。ちょっと前回とは対照的な感じです」
淡の間「チュールやフリル、ツイードや大きい襟など分かりやすく女性服向けのモチーフも取り入れているのはTTM(※THINGS THAT MATTERの略)ではなかなか珍しいような」
武笠「そうなんです、意外と今までなかったよね。こういうテイストは」
淡の間「一方でスウェットやジャージーなど、ストリート要素も含まれているところにTTMのエッセンスを感じる。毎回プリント系はメッセージ性もあって好きですが、今回もプリント系、いいですね。特に女神が描いてあるやつ」
武笠「そう、ルネサンス期の絵画 ”ボッティチェッリのヴィーナス※” や、惑星としての金星をモチーフにしたグラフィックをアレンジしてプリントしたカジュアルなアイテムも作りました。ドレッシーとボディコンシャス、ストリートとカジュアルはそれぞれ相反していて極端だけど、いずれも私のファッションにとっては必要な要素なので」
淡の間「武笠さんの中にある多面的な女性性みたいなものをすごく感じますね。今回の”VENUS”を発表するにあたっても、そういう一辺倒ではないイメージとか表現のことを考えていたのかな?」
武笠「そうだね、女性性と言えど分かりやすい女らしさとかモテとかそういうものはさておきにして、多面的なスタイルを表現できたのはよかったです。あとは何より、私の中にある芸術的原点として神話というか女神の存在が大きいのですが、その部分を今回ようやく表現できたと思っています」
淡の間「武笠さんの芸術的原点、気になります!」
VENUSとの出会い
淡の間「ここ数年武笠さんと色々な話をしてきたから分かる話だけれど、随分小さい頃からデザイナーになると決めて生きてきたのだなと。ただ、ここで(感覚問答の文中で)核心的な話はまだしていないね。というわけでやっとデザイナーとしてのルーツや、その芸術性に影響を与えたことを聞けそうです」
武笠「そうですね(笑)」
淡の間「”VENUS”との出会いとか、その芸術性に影響を与えたことなど教えてください」
武笠「そうですね。まず私は幼少期に母の影響でパリコレを見て、直感的にデザイナーになると決めてからずっと志が変わらずに今に至るんですけど、中でも自分なりに印象的だったのは小学生の時の図工の時間で”ボッティチェッリのヴィーナス”を模写したことかな」
淡の間「小学生!早熟」
武笠「ちなみに一年生の時ね(笑)」
淡の間「かっこいい」
武笠「一人だけヌードを描くもんだから、変に目立ってしまって。周りもからかったり騒いだりするよね。でもなぜか強烈に惹かれてしまって、それくらい当時の私にとっては印象的だったんです」
淡の間「かっこいいルーツですねー。私もそういうエピソード欲しいな」
武笠「それから大人になって色々なことに興味が出てくるようになって。淡の間さんとの出会いでホロスコープを読んでもらった時に、私は5月生まれの牡牛座なんだけど、牡牛座にとって金星が支配星だと知って。でもその時は金星=ヴィーナスだと結びつかなかったの」
淡の間「そうだったんですか。それは気づいた時、感動するね!私って実はずっとヴィーナスの影響受けていたのかも?って」
武笠「そうそう、そうなのよ」
淡の間「人生の伏線回収だね」
武笠「ヴィーナスのことは前述の通り、子どもの頃の私に大きな影響を与えたモチーフだったからずっと気になっていたけれど、デザイナーとしての美的感性とかセンスとか、あるいは女性としての性質や生き方などに作用する星が金星で、しかも自分の生まれ星座の支配星と聞くとご縁を感じずにはいられないですね」
淡の間「それはそう!しかも、牡牛座の新月生まれだしね」
武笠「そうそう、それは淡の間さんから教えてもらって気がついた。他にも牡牛座のところにたくさん星が集まっているんです。つまり金星的な影響がホロスコープ的に強いのかなと思って」
淡の間「ちなみに今回のコレクションの中では貝殻のモチーフをちょくちょく取り入れているようですが、これも絵画のヴィーナスから引用した海モチーフなのかな」
武笠「そうそう。これはヴィーナスが立っている貝殻からのオマージュ」
淡の間「金星=ヴィーナス、ギリシャ神話では同一神としてアフロディーテのことですが、これらは海の泡から生まれた女神ですからね。海といえばやはり多産の象徴。私の中では”崖の上のポニョ(※スタジオジブリの作品)”を思い出すなあ。あれも一辺倒な女神とか母性ではなくて多面的な女性性がモチーフの作品で、結構好き」
武笠「ていうか、ヴィーナスって海の泡から生まれたの?」
淡の間「そう。ウラヌス神の去勢された性器から溢れた精液が海の泡となって、そこから生まれたのが愛と美の女神・アフロディーテ(ヴィーナス)なんです。日本の神話でも汚物とかそういうものから生まれる神様たくさんいるよね」
武笠「そうなんだ!」
淡の間「そして、世界中の神話の中に”VENUS”と同じ対象というか、名前が違うだけで同じような神話を持つ女性の神様がたくさんいて、それをまとめて同一神というんです」
武笠「へ〜、世界中にいろんなヴィーナスがいるんですね」
淡の間「そして今回、”VENUS”をテーマにすると伺って色々調べているとき、ベタにwikipediaを見ていたんだけど、そうしたら惑星の金星の地形にはたくさん山や丘や谷があって、それらの場所には全て世界中の神話に出てくる女性神や女性性の妖精、精霊の名前がついていたの」
武笠「どれ・・・本当だ、へ〜」
淡の間「金星は太陽系で地球に最も近い好転軌道を持っていて…しかも、惑星上で海洋が形成しなかったか、もしくはすでに消滅したとか。海から生まれたのに」
武笠「金星が生まれたのは約46億年前…」
淡の間「金星の地形のエピソード、すごく好き。大陸や丘、断崖、山、クレーターにつけられてる名称がね、金星の神様だけじゃなくて月の神様とか他の神話や民話からも女性神的な存在の名前として引用されてるんです。バビロニア神話のイシュタルとか、インド神話のラクシュミーとか、ローマ神話のディアナ、日本からは瀬織津姫とかユキオンナとかもあるの」
武笠「これは面白い」
”内なる女神性”とは
淡の間「結局美的感性とか、憧れの存在とか、女性性みたいなものはやっぱり幼少期から近くにあった存在からの影響が大きいと思うんです。ちなみに武笠さんは憧れの存在、いますか?」
武笠「うーん。影響を受けたのは母で、あとは安室ちゃんかな(笑)あとセーラームーン」
淡の間「セーラームーンは同じ(笑)」
武笠「テッパンだよね(笑)」
淡の間「それと、正直、神話の世界って人間の汚いところを煮詰めたような話ばかりで完璧さなんてそこには描かれていないのだけれど、神様もまたある種の完璧さを求めて右往左往しているというか…完璧さを求めるがあまり自分の首を閉めてしまうところは現代に生きる私たちと同じ。植え付けられた元型的な影響を強く感じますよね」
武笠「頭では分かっていても、イメージの中で自分の首を締めてしまうのはどうしてなんだろう?」
淡の間「根強い問題ですよね」
武笠「でも、私自身も母親になってから強く意識するようになったから分かるかも。今回のSENSEにも自分の中の女性性の多面的な部分や複雑な部分、矛盾を顕在化させたりして」
淡の間「女性性も、男性性も、結局は記憶の中にあるイメージであり、もっと抽象的なことを言うと潜在的に引き継がれている内なる神話なんだよね」
武笠「内なる神話、内なる女神性かー」
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後編に続きます。
※サンドロ・ボッティチェッリによってルネッサンス期に描かれた作品『ヴィーナス誕生』のこと