TTM対話録 #5
CORRESPONDANCES AHUM
沙里さん

2022.10.14
TTM対話録 #5<br>CORRESPONDANCES AHUM<br>沙里さん

鉱物から採取した香りを用いるフレグランスブランド・CORRESPONDANCES AHUM。そこで鉱物の選定を手がける姉(あね)氏との対話に引き続き、今回は調香を担当する「かほりとともに、」主宰の調香師・沙里氏と武笠が言葉を交わしていく。香りが持つ温度、朝と夜で変わる香り、現在過去未来を内包する匂い……奥深き石と香りの世界へ。

(インタビュアー 岸野恵加)

 

武笠:沙里さんが調香の道に進むと決めたのは、何がきっかけだったんですか?

 

沙里:私の家族はみんな音楽をやっていたんですね。父はサックス、祖母はお琴、そして母は音楽療法士で、私もピアノとエレクトーンをずっと弾いていて。小学生くらいになると作曲をするようになって、それが自分の中の、言葉で表現しきれない部分を表す手段になっていました。19歳のとき、祖母に植林活動へ誘われて、インドネシアのバリ島に行ったんです。そこで白いチャンパーというお花の香りを嗅いだら、亡くなったおじいちゃんの記憶が蘇ってくる体験をして。20年前に一緒に散歩したことや、おじいちゃんの分厚い手の温もり……そうした記憶が一瞬にして湧き上がってきたんです。「香りってすごいな」と思ったのはそこが最初でした。

 

武笠:子供の頃から感受性がすごく豊かだったんですね。

 

沙里:小学5年生のときに長期入院する経験をしたんですが、そのときも、病室の窓ガラスの隙間から入ってくる、風の香り、金木犀や木蓮の匂い、焼き芋を焼いている香り、落ち葉が朽ちていく香り……そういったものから、生きていること、時間がちゃんと動いているという実感を得ていました。そういう経験が重なって、香りへの興味はもともと高かったように思います。バリ島から帰ってきてすぐに香りを学びたいと思い、最初は芳香療法やアロマセラピーを学び始めました。芳香療法では、先生が「このエッセンスは頭痛に効きます」とかを教えてくれるんですけど、私は香りの中の景色のほうに興味が湧いて。1滴を嗅いだだけで、それを運んでくれた農家の方の表情や、オーケストラのコンサートで昔聴いたヴァイオリンの「ラ」の音みたいだな、とか、いろんな風景に触れられる感覚があったんです。その神秘性に惹かれて、調香の道を歩むことにしました。

 

武笠:すごく素敵なストーリー。香りって、本当に不思議ですよね。私も季節の香りが大好きなんです。小さい頃から、四季を香りで感じて記憶するということをしていた覚えがあって。そもそも、私がこうして目に見えない世界に興味を持ったきっかけも、実は香りだったんです。香りを使って潜在意識の中に連れて行ってくれるようなセラピーをしている方がいて。そこで、自分の中に存在するものが香りによって引き出されたような経験をしたんですね。なので私にとって香りというのは、自分にとって道が開くきっかけになったすごく大きな存在なんです。今回のコラボで、こうして香りを用いたアウトプットをできているというのは、すごく大きなことに感じています。

 

──2人とも、香りから感覚的に受け取っているものがどことなく近いような感じがしますね

 

武笠:小さい頃は、831日で絶対に夏が終わってしまうと思い込んでいて、「外の空気を閉じ込めたい」とビニール袋を持って走って、後で嗅いだりしていた記憶があります。全然匂いはしなかったんですけど(笑)。

 

沙里:袋で空気を集めるの、私もやっていました(笑)。お布団なんかにも光の香りがどんどん入っていきますけど、季節によってまた匂いが違いますよね。その匂いの違いで季節の移ろいを感じられるのがいいですよね。

 

武笠:わかります。なんだかすごく喜びを感じるんですよね。

 

 

──CORRESPONDANCES AHUMは鉱物を蒸留して香りを抽出するブランドですが、沙里さんは石とどのように付き合ってきたんでしょうか?

 

沙里:小学校6年生の時だったかな。お堀沿いにある歴史深い公園によく行っていたんですけど、そこにある石のマップを作っていたことがあります。光の柱が強い石、宇宙の入り口のような石……いろいろな石があって。友達は誰も理解してくれなかったですけど(笑)。自分の感覚が鋭かったのかどうかはわからないですが、その頃すでに石と対話をしていたのかなと思います。

 

武笠:私は石に香りがあるということを、今回AHUMとコラボすることになって初めて知ったんですよ。沙里さんは石の香りを、昔から感じていらっしゃったんですか?

 

沙里:何かが視えるわけではないですが、「温かい」とか「なんかトゲトゲしてる」とか、石の匂いにそれぞれ違う感覚を抱いていました。蒸留の仕事を始めたあと、2013年にペルーに3週間ほど行ったんですが、遺跡を巡っていたら、石の街が広がっていて。そこから感じた匂いに、石にはレコードの役割があって、関わった人たちの記憶や、すり抜けた風、朽ちてしまった植物の感情……すべてを記憶しているんだなあと感じたんです。AHUMに携わることが決まる前から、そうしていろんな場所から持ち帰ってきた石を蒸留してみて、香りを抽出していました。

 

武笠:そこからAHUMというブランドに携わることになったのも、何か見えない力が働いていそうですよね。この間、ポップアップで販売する石を選ぶために、AHUMの方が石を10種類くらい送ってくださったんですよ。ゆっくり選びたいなと思ったので、それを持って長野に旅をしたんです。そうしたら、石の博物館のような、大きな鉱物の倉庫みたいなところにたまたま辿り着いて。とにかくたくさんの石があって、日本でもあんまりないんじゃないかなと思う規模でしたね。不思議なご縁もあるものだなと思いながらホテルに着いたら、その宿に「すべての人に石がひつよう」という本が置いてあったんです。後でAHUMの方に聞いたら、「それは姉が好きな本です。なんで知ってるんですか?」と言われて。

 

沙里:ええ、すごい!

 

武笠:すごいですよね? 石がいろんなご縁を結んで、見えない力が働いていて。面白いなと思いました。

 

 

──沙里さんは日々あらゆる香りを扱う中で、嗅覚だけではなくその奥にいろんなものを感じていらっしゃるんですよね。石の匂いを抽出するときには、どんなことに気を配っていますか?

 

沙里:石や植物に関しては、香りそのものはもちろん、その1つ奥にある記憶や、伝えてくるメッセージを強く感じるので、そこをしっかり受け取りたいなといつも思っています。ちょっと煙たいような匂いがしたり、いい香りと言えない子もいるんですが、それだけで瞬時に好き嫌いをジャッジするということはしません。石と話をしていると、次第にその奥にある響きに触れられる感じがするので、そこを意識していますね。あと、すごく面白いのは、石って午前と午後で香りが変わる感じがするんですよね。

 

武笠:へえ、面白い。なんででしょうね。

 

沙里:カイヤナイトなんかは、朝の時間帯はすごく香りが強く感じるんですが、夜中に嗅いだら全然香りがしなくて。いろんなものを調香する私ですが、これは初めての経験でしたね。同じ種類の石でも、毎回新鮮です。満月の日に、ブラックトルマリンがいつもと違う匂いを発していて、「この日に蒸留してほしいと言っているのかな?」と思ったり、逆に新月の日に、ホワイトアラゴナイトが全然違った響きで香ってきたり。個性が豊かですね、本当に。

 

武笠:なるほど。人間と一緒なんですかね? 例えば、しっかり寝てちゃんとエネルギーを補充した朝は元気に過ごせるじゃないですか。石も一緒なんですかね。生きているというか。

 

沙里:うん、生き物ですよね。

 

武笠:香りを日常に取り入れて、今ある豊かさにより目を向けるということができたらいいなと思っていて。今回のAHUMとのコラボで、そういう時間を一緒に作れたら嬉しいです。沙里さんは、日々どんな香りを好んでいらっしゃるんですか?

 

沙里:私は究極的に香りのオタクだという自覚があって(笑)、目の前にあるものをすぐにクンクンしちゃうんです。特に「この香りが好き」というものはなくて、日々変わるものだと思っています。毎日自分の感情や周りの景色、季節が変わっていく中で、求める香りが変わるのを楽しみたいなって。香りを取り入れるコツということで言うと、やっぱり空っぽになっていることがすごく大事かなと。蒸留中も調香中も、香りと出会う時もそうなんですが、自分の中にある先入観や持っているものをすべて出して、空っぽの器で向き合うのは大事だと思いますし、すごく意識していますね。

 

武笠:なるほど。自分の状態によって見える空の色も変わりますけど、それと一緒ですよね。食事もそうなのかなあ。空腹の状態のほうが、味がよりちゃんとわかったりしますよね。

 

沙里:食事も、誰と食べるか、どこで食べるかによって味の感じ方が変わりますもんね。空っぽの状態で触れた時こそ、石からのメッセージをちゃんと受け取れたりするので、対話を楽しみたいと思っています。「石は人間みたい」と先ほどおっしゃってくださいましたけど、本当にそんな感じで、私にとっては友達のような存在です。

 

 

──ちょっと話が逸れてしまうのですが、調香師さんにとって嗅覚は欠かせないものである中で、体調を崩したりしてしまうと、うまく匂いを感じ取れないこともありますよね。沙里さんはそうしたご経験はありますか?

 

沙里:実はついこの間、あったんです。体調を崩して、生まれて初めて嗅覚を一時的に失ってしまって。今となっては嗅覚をなくしてこそ気がついた感覚があり、感謝しています。ただ、それ以来敏感になりすぎて、都心に行くのが少し大変です。

 

──なるほど。気になっていたのが、匂いを嗅覚で感じ取ることができない状態になっても、香りのその奥にあるものは感じ取れるのだろうか?というところでして。

 

沙里:それは感じられると思いますね。9月に香りの空間展示をするんですけど、そのために調香してあった「涙」という香りがあって。嗅覚を失っていたとき、もちろん匂いはわからないんですけど、それを嗅いだ瞬間、すごく涼しさを感じたんです。香りは全然わからないけど、温度はある。そのことにとても感動しました。以前、嗅覚がなくなった方2人に調香させてもらう機会があったんですけど、その方たちが「皮膚は香りを感じる」とお話しされていたんです。それをすごく思い出しましたね。私は石の香りを、9割くらいは嗅覚でとらえているけど、1割は匂いの奥というか手前というか……粒子みたいなイメージ? ふわふわしていたりツルッとしていたり、そんな感覚でとらえている気がします。

 

 

 

 

沙里:今回THINGS THAT MATTERさんで展開されるAHUMとのコラボのお洋服、拝見しました。AHUMの香りからインスパイアされて武笠さんが描かれたというテキスタイルが、すごく色鮮やかで素敵で。あれがカイヤナイトのイメージですか?

 

武笠:そうです。AHUMのカイヤナイトの香りをイメージして描きました。私は香りを、第3の目というのか……そこで感じるんですね。まず呼吸をして、瞑想をして、一旦なるべくクリアになるようにする。その状態で香りを感じて浮かんだ色や映像を、その場で筆を持ちながら描きました。ネオンカラーなどいろんな色が動いている感覚がして、そんな柄がバーっと降りてきて。それをそのまま描きたいなと思い、筆を動かした感じです。そのまま図案になるわけだから「上手に描かなきゃ」という意識ももちろん働くんですけど、「一旦思ったままにやってみよう」と描いてみたのがあのイラストです。

 

沙里:「降ってくる感じ」、すごくわかりました。石によっては地上からニョキニョキ芽生えて、下から上にエネルギーが動いて大樹を作っていくような子もいるのですが、カイヤナイトはエネルギーが上から降ってくる感じなんですよね。それがすごく表現されているなって。

 

武笠:同じ感じ方でしたか? 嬉しいです。いろんな香りが好きなんですけど、嗅ぐことで昔の記憶が湧いてきたり、見たことのないビジョンが見えることもあって。AHUMの香りを嗅いで出てきたのは、こんな色と動きでした。いったん空っぽにした時に感じる静寂には、ちょっとクラシックな感じというか、懐かしさも入っているんでしょうけど、そのすべてを全体の世界観に落とし込めたらいいなあと思いながら、今回のコレクションを作りましたね。

 

沙里:すごく古い海に住んでいた頃の記憶じゃないですけど……そういう地層感というか、いくつもの層を懐古するような感覚だったり。人の肌に乗せた時に香りが変化する感じも、あのイラストから感じました。

 

武笠:そう、香りって、乗せる人の肌によっても全然違うものになりますよね? なんでそんなに変わるんでしょう。

 

沙里:人それぞれ肌の色やそれぞれのパーツの大きさが違うように、肌質や皮脂の穴の大きさも違いますし、体温や食べているものもすごく影響していると思います。AHUMではそれを、「香りが、人それぞれの持つエネルギーと反応している」と表現していますね。

 

武笠:なるほど。面白いですね。

 

沙里:香りって、すごくその人らしく出てくれるものだと思います。私は、地球の恵みがその人に寄り添おうとしているように感じるんですよね。身に着けることで人それぞれに必要な香りが出てくるというか。すごく落ち着きのある、白檀のような甘みを出す方もいれば、目が覚めるようなフレッシュハーバルな香りになる人もいて。科学的な理解を超えたそういうところで、香りが私たちと仲良くしようとしているように感じます。

 

武笠:本当ですね。AHUMの香りは、身体中に入ってくる感じがするんですよ。そのとき必要なものが引き出されるというか。静まって瞑想するときによくAHUMの香りを使うんですけど、入り込み方が全然違う気がしていて。石の力もあるのかなあ。あと沙里さんが、愛情を込めて作ってくださっているのもあるのかもしれないですね。

 

沙里:そんなふうに受け取っていただいて嬉しいです。私はただただ、その石が行きたいところに行けるように、私の意思のようなものは空っぽにして作ると決めているんですけど、石たちが持つ人を決めているような感覚もあるんですね。武笠さんのように受け止めてくださったら、石たちもきっと喜んでいると思います。

 

武笠:姉さんと出会ったときは、同じ感覚を共有できる人と出会えて、嬉しかったんじゃないですか?

 

沙里:はい。「やっと出会えた」という感覚がありましたね。

 

武笠:きっといつかの前世でご縁があったんでしょうね。

 

沙里:姉さんと話していたときに面白かったのが「未来から来た香り」のお話で。石の中には、その石に触れてきた風や土、そうして重なってきた過去が閉じ込められているだけじゃなくて、未来から知らない香りがやってくる感覚もあるんですよね。そんな話をしていたら、姉さんがお釈迦様の話を教えてくださったんです。あるときお釈迦様が未来から匂いを感じて、「仏教の道を多くの人に広めるときには、この匂いが必要だ」と思ったそうで。それでお弟子さんに世界中からあらゆる香木を集めさせて、「夢で嗅いだ匂いはこれだ」と選んだのが、お香でよく使われている、白檀の香りだったそうなんです。

 

武笠:そうなんですね。面白い。

 

沙里:過去だけではなく、未来からも発しているエネルギーが香りにはあるんだな、と思いました。洋服も香りも「まとう」という言葉を使いますが、香りは自分自身を空っぽにして誰かのためにまとうものもあれば、今この瞬間のパワーを高めるためのものもあって。未来……と言うと壮大に聞こえてしまうけど、明日や1週間後を豊かにできるように想像して、それをサポートしてくれるような役目なのかなと思いました。

 

武笠:ありがとうございます。まさに、そんな存在でありたいなと思っています。洋服も香りも、その人が放つものさえ変える力がありますよね。

 

聞き手:岸野 恵加

一部写真提供:URAOTO