その先の感覚を纏う
interview by Ryoko Mukasa

2021.10.27
その先の感覚を纏う<Br>interview by Ryoko Mukasa

23歳でファッションデザイナーになってから、ただひたすら突っ走ってきました。

これまでたくさんの人たちに支えられて、本当に成長させていただきました。でも、自分の「魂」で服をつくるということを追求し切れてただろうか、という思いもあります。

コロナ禍の影響で、想定外にも服づくりを中断しなければならなった時期に、ある女性に出会いました。彼女は幼少期から木と会話ができるというちょっと変わった人。最初はびっくりしたんですけど、彼女と話していると、不思議と、自分の内側にあった潜在的な欲求を引き出されるような心地よさがありました。

デザイナーとして私は、とにかく売れなきゃいけない、評価されないといけない、というプレッシャーを常に感じていました。そして、プレとメインで4回、海外の展示会が2回、合計で年に6回の展示会のために、猛烈なスピードが求められる環境でもありました。

ちょうど、ゆっくり自分と向き合う時間ができて、改めて考えさせられたんです。

 

わたしって、なんだろう?

なんのために服をつくってるんだろう?

 

自分と対話すると、だんだんと五感が研ぎ澄まされていくような気がしました。たとえば、雨が降ると、これまでは「だるいな」としか思わなかったのに、その音を美しいと感じたり。ていねいに呼吸をすることで、生きていることへの感謝が湧いてきたり。

思えば、「目に見えないもの」に関心を持つことは、これが初めてではありませんでした。21歳の時に父が亡くなって、その時私は「彼はどこに行くんだろう」と考えました。スウェーデンボルグの『霊界』を読んだりなんかして……私が手に取ったのは、子ども向けの漫画版だったんですけど(笑)。

あと、出産した時も「この子はどこからやってきたんだろう」と疑問でいっぱいでした。自分の肉体から、また別の肉体が出てくるわけですから。人間って、実は「頭」で考えているばかりだったら、とうてい説明しきれない存在なんだと思いました。

父は写真家で、ミュージシャンでもありました。ギターを演奏するにも、木を調達してきてそこに母の横顔を彫り、自分で弦を張って、ギターを一からつくるところからやっていました。お味噌汁をつくるにも、鰹の身から削って、出汁をとるところからやらないと気が済まない人。私も、「欲しいものは自分でつくれ」と言われて育ちました。暇があれば一緒にスケッチをしに出かけたり、音楽をつくって踊ったりしていました。

五感を育んでくれる家庭で育ったはずなんですけど、いつの間にか忘れていたことに気づきました。子どもを産んだり、コロナ禍で日常生活が大きく変わったり、いろいろなことが重なって、「感じること」をもっと服づくりに落とし込みたいと、強く思うようになりました。

今の時代は便利だから、感覚を研ぎ澄ませなくても、人間は生きていけます。むしろこの社会では、感覚が鋭いと傷つくことのほうが多い。でも私はとにかく、110分でいいから、自分と向き合う時間を頑張ってつくるようにしたんです。そして、何か感情が生まれてきたら、それに対して「なんでそう思うの?」と問いかける。すると、なんとなく自分の体も愛おしくなってくるし、その体の中にある魂も愛おしい、と思えてきました。

それまでは他人の目を気にしていたから、自分の体型がどうとか、肌がどうとか気になることも多かったんですけど。「もういいよ」って、自然に受け入れられるようになったんです。やっと、本当の自分に戻っていくことができるようになったと感じます。

そしたら、今までないがしろにしていた自分の生理周期も気にかけるようになって、すると体と「月の満ち欠け」の結びつきや、最終的には、環境問題への関心も湧き出てくるようになりました。

これまでの私だったら、生理のことや、ちょっと精神世界っぽいことを話題にするのにとても勇気がいりました。でも今は、自分であることを楽しんで生きていくため、体を労るために大切なものだと思えます。

THINGS THAT MATTER」が大切にするのは「SENSE(感覚)」という考え方。これまでファッションの世界では、「春夏」「秋冬」というシーズンで区切り、コレクションを発表することが当たり前でした。でも、その概念を取っ払います。

毎月、その時に私が出会った情景、思い浮かんだことなどをインスピレーションに、510型くらいになると思いますが、魂をこめてアウトプットします。この毎月のテーマとなるのが「SENSE」です。お洋服だけではない、自分と向き合うための時間を助けてくれるアイテムも揃えていきます。

オーダーしていただいたら1ヶ月半程度でお届けできます。これまで私はファッションデザイナーとして常に来年のことを考えて服をつくってきましたが、「もっと鮮度の高い、フレッシュなものをお客様に」という気持ちがずっとありました。だから、この「オンラインオーダー」の形にはとても希望を感じています。オーダーがあってから必要な分だけを用意するので、生産の中での余剰も生まれにくくなります。

また、オーダー後 10日前後で、まずその「SENSE」の一部となる「感覚のカケラ」をポスト投函でお届けします。私が見た空の色や、におい、何かの手触りを感じさせるものかもしれません。お洋服の背景にあるストーリーを味わい、到着を待つ間も楽しんでいただきたいと思ってます。

ただ美しいお洋服をつくることが、このブランドの目的ではありません。私は人間が生きていく上で大切なことにようやく気づき始めて、これからもっと学んでいかなければならない。その過程で自分を表現する方法として、お洋服がある。

 

お洋服って、内側からエネルギーが湧き出てくるのを助けてくれるものだと思うんです。そして、自分のマインドが変わると周りの人も共鳴していく。私は、お洋服が持つその力を信じています。

少し世界の見方が変わったと感じたり、もっとありのままの自分を愛する「きっかけ」にこのブランドがなれたら、それ以上うれしいことはないです。

 

<武笠綾子プロフィール>

2016年秋冬〜2021年春夏コレクションまで「STAIR(ステア)」のデザイナーとして活動。202110月スタートの新ブランド「THINGS THAT MATTER」でディレクターを務める。

  

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