TTM対話録#12
「食」を通して
「世界」を見る
SUNPEDAL代表 小池陽子
前編

植物性の材料を用いて多彩な食表現を展開する「SUNPEDAL」の代表・小池陽子の料理に魅せられたTHINGS THAT MATTERデザイナーの武笠綾子。今回は、唯一無二とも言えるそのクリエイティブの源泉を探りに昼下がりのアトリエへ。対話を通して見えてきた彼女の人生哲学。そのレイヤーを前編と後編に分けて紐解く。
大学生のとき、お肉を食べなくてもいいという感覚になったんです。その当時は『ヴィーガン』という言葉も思想も知らなかったのですが、イギリスに住んでいて様々なライフスタイルの人がいることから多様な選択肢を意識するようになりました。本格的にヴィーガンのライフスタイルを選択するようになったのは留学先から帰国して以降です。 さらに言えば当時働いていたヴィーガンレストランの存在を知ってからですけど、当時は思想とか命のこととかはじめは全然考えてなかった。それよりも「動物性のものを使わないで料理をする」という限られた選択肢の中でこんなに豊かな食の表現ができることに感動しちゃったんですよね。それが入り口です。
ヴィーガンレストランで働いているときは様々な人たちに出会いました。海外からの旅行客でヴィーガンの人たち、家族全員ヴィーガンだから生まれた時からそのままヴィーガンになった子ども、健康に気をつけているというのにすごく顔色が悪い人。あんまり元気がなさそうに見える人に出会った時は「本当にヴィーガンで大丈夫かな」って心配になったりもして。自分のライフスタイルにあった選択をしている人なら良いと思いますけど、必ずしもそういう人ばかりではなかったです。
ヴィーガンの食生活に対してストイックに向き合っていた時期は人付き合いに支障が出たこともありました。20代前半だとドンドン友人関係が広がっていく中で、知人同士が繋がって一緒に食事をする機会が増えるじゃないですか。そこで居酒屋とか普通のごはん屋さんに行ったとき、なんとか食べられるメニューを探さなきゃいけない。例えば単品のキャベツとか。それをなんとか探して食べてると変な目で見られたりするんですよね。それが仲の良い友達だったらまだしも、初対面の人だとその都度くわしく説明をしないといけない。その状況が頻繁に起こると煩わしくて決まった人としか会わなくなって。だんだん人間関係が閉鎖的になっていくのを感じながらいろいろ考えるようになりました。同じヴィーガンの食生活を選んでいる友人と会うのは楽しかったですけど、人生の視野が狭くなった世界でこのまま生きていくのは違うような気がして、それからいろいろと試行錯誤があって今は※フレキシタリアンです。(※基本的には植物性食品をメインに食べるが、時々肉や魚も食べる柔軟な菜食主義者)
SUNPEDALを通して「私はヴィーガンです」って強く主張していた時期もあるんですけど、途中から強く押し出さなくなっていきました。大切なことは食べた人が何を感じて何を知るか。今はそれでいいんですけど、昔は身近な家族や友人に「ヴィーガンの人って自分が正しいみたいな話し方をするよね」って言われた時はムッとしてました。改めて考えると何が正しいかと聞かれたら難しいのですが。あとはヴィーガンの話をすると、食べ物の命の問題について指摘されたりしますよね。動物性はダメだけど植物の命はどうなんだとか。あとは宗教的な思想だと思われたり、スピリチュアルな考えを否定的に捉えている人から変な目で見られたりすることも度々あります。 まあ、今はそんなにないですけど、コロナ前ぐらいの時期はしょっちゅうそういうことに対峙していました。
前に住んでた家の近くの商店街に年配のご夫婦が切り盛りしている良い八百屋さんがあって、頻繁に通ってたのでお店の人にも良くして貰ってたんです。それである日、世間話の流れで「私、お肉とか食べないんですよ」って言ったら、宗教かなんかやってんのかと言われて、そこから全然話してくれなくなった。その後も通ってたんですけど。以前は行くたびに「お姉ちゃん元気か」って一言かけてくれていたのに、急にコミュニケーションがなくなってしまった。 その人にとってはまだまだヴィーガンというジャンルが身近ではなかったなど色んな事情があったのかもしれないですが、なんかこう・・・まだまだ自分が生きている世界はこれぐらい狭いものなのかと。
私が仕事を通して何がしたいかといえば、SUNPEDALの活動を出来るだけいろんな人に食べてもらいたいし、知ってもらいたい。だからこそ、はじめに自分の考え方を押し出しすぎるとその思いが広く届かない可能性があると思いました。なので、できる限りヴィーガン思想のアグレッシブな部分を強く押し出さないようにしているんです。私が担う部分はあくまでその入り口や間口の役割で、多くの人に知ってもらうきっかけになりたいから。それよりも色が綺麗だとか、単純に美味しそうだとか、今まで食べたことがないとか、そういう驚きの体験を届けたいです。
フレキシタリアンになってからの私自身は何回かお肉を食べてみようかと思ったときもあったんですけど、なかなかそこまでには至れなくて。お魚は5年ぶりぐらいに食べてみました。漁師の人がやってる定食屋で食べたんですけど、5年も食べてないからまあまあ重たくて全部食べられなかったです。ひとくち、ひとくちが重たくて、なんというか命をいただいている感覚がありました。普通の食嗜好の人にそれを求めるわけではないですけど、こうやって長期的に向き合ってみると命を食べる重さが体験できるということは言えますね。
別に高級な料理とか、新鮮さとか、そういうところよりもどういう人が関わっているかという部分を大切にしています。食べ物だけじゃなくてお洋服もなんでもそう。スーパーで買ったものなど、作り手が分からないものを食べる時はもちろんありますけど、外食するときは初めて行くお店だとしても作ってる方をまず見て、気持ちのいい人だなぁとか、直感的にどう感じるか。普段から自分が行ってる馴染みのお店は気持ちの良い人が多くて、元気をもらっています。お食事を出す姿勢とか、料理に対する思いとか、野菜の切り方1つとっても性格が出るから不思議です。どんな食材を使っていてもその人が料理することで美味しくなるってこと、実際にあると思うんです。レシピが同じでも違う味になりますよね。もちろん、生産者さんの顔がわかるものづくりの流通も大切ですけど。
私の場合は食を通して表現することになりますけど、何をするにしても関わる人のエネルギーが投影されているのだと思います。例えばSUNPEDALに来た人が新しい食の体験に出会ったり、食べて元気になってもらえたら嬉しい。そのために自分ができることと言えば、なるべく自分自身が良い状態でいることです。ただ、もちろん元気がない時もやっぱりありますよ。常に365日元気百倍みたいな人はいないと思うし。でも、そういう時に出かけて元気をもらえる場所や頼れる人、モノがあればなんとかなる。元気なところから分けて貰って、エネルギーが循環する。そういう私から伝わるものを求めてくれる人がいるなら、この活動をしている意味があるのかな。
次回、後編ではTHINGS THAT MATTERデザイナーの武笠綾子を交えた対談をお届けします。
SUNPEDAL (YOKO KOIKE)
food creator
ヴィーガンレストラン、ケータリング「SUNPEDAL」主宰。食への探究心が募り、渡英、専門商社、ヴィーガンレストランでサービススタッフを経験後、2018年に独立。世界や日本各地の生産者や面白い人々を巡り、旅の記憶と香りを織り交ぜたヴィーガンの無国籍なフュージョン料理を提供。撮影現場をはじめとした法人向けのケータリングから、地方の生産者と都心を繋ぐPOPUPイベント、オリジナルスイーツ”エナジーボール”の販売、2022年2月に新宿伊勢丹でPOPUP「さんぺだる旅まるしぇ」を実施。オリジナル調味料「さんぺだる塩」をリリース。2024年秋、墨田区にSUNPEDALアトリエ兼レストランを構え、自らキュレーションしたイベントやレストラン営業を本格的にスタート。
関西テレビ「セブンルール」に出演(2022年5月10日放送)。
STELLA McCARTNEY2022年サマーコレクションの一環でキノコレシピを考案、動画
コンテンツが公式ホームページ、インスタグラムで公開される。
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インスタグラム @sunpedal
ホームページ https://www.sun-pedal.com/
前編 パーソナル・インタビュー
文 : 淡の間
写真 : mikri